短編:見る
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鈍感で酷い人とつめが甘い人。
鈍感じゃなくて知らない振りかもしれません。
その違いを見分けるのは簡単なようで難しいものです。恋をしているなら尚更です。
ちらり、と視線を送ると、目が合った。すぐに、ぱ、と反らしてしまったけれど。昨日もそうだった。一昨日もそうだった。今日もそうだったから、きっと明日もそうだろう。
ずれおちた眼鏡を、人差し指の第二関節で押し上げ、固い椅子の背凭れに背中を預ける。教室の喧騒が、どこか遠くへ逃げていく。軽く目を閉じる。閉じる直前、思い出したように視線を送る、と。ほら、また目があった。何の意味も含まない視線。だからこちらも何も言わない。悪意でなければ放っておけばいい。ふわあ、と欠伸をして机に突っ伏し、眠りにつこうとする、と。「あの」と声がかかった。顔を上げると、見慣れた目。「ちょっといいですか」。……リンチでもされるのかもしれない。然り気無くシャープペンを袖に忍ばせ(武器だ)、ついていった先は校舎裏の杉の木の下。どこに仲間が潜んでいるのかときょろきょろしていると、唐突に渡される白い封筒。「読んでください」「今?」「今です」。有無を言わさない強い声に押されてあわてて封を切って白い便箋を取り出した。が。(白い)。裏も表も染み一つない白。白。白。からかわれている?新手の悪戯?頭を色々な思考が交錯する。まわりに人はいないし、見慣れた目は地面に吸いつけられているし、杉の木は無口でいて。私は袖に忍ばせていたシャープペン(武器だったものだ)をそっと取り出すと、白紙の便箋にさらさら字を書き、また丁寧にそれを畳んだ。「はい」。見慣れた二つの目が驚きで見開かれる。「読んで」「今ですか?」「今」。そろそろと便箋を開き、混乱と羞恥と失意の百面相を見てから、私は「それじゃあ」と、校舎裏を後にした。
遅れて教室に戻って来た級友にちらり、と視線を送ると、しばらくしてから目が合った。気まずそうに、ぱ、と反らされてしまったけれど。昨日もそうだった。一昨日もそうだった。今日もそうだったけれど、明日もそうかはわからない。意味のある視線に、私は応えられそうもないし、あちらも私の視線に、意味がないと知ったからだ。
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