短編:与える
短編:与える
プライドの高い人と与え続けた人。
報われなかったあの子に捧ぐ。
「今日の放課後、空いてる?」
空いていない。と素っ気なく答えると、「じゃあ、明日は?」と続けた。
「空いていない」
「じゃあ明後日は?」
「空いていない。明日も明後日も明明後日もその次も、ずっとずっと空いていない」
早口で捲し立てると、悲しそうに、そっか、ごめんね、となんとか笑って呟いて、重そうな鞄を引き摺るようにして彼女は背中を向けた。結論から言うと、それが私の見た、彼女の最後の姿だった。
彼女は、私のことが好きだった。私は、彼女のことが好きではなかった。それでも良い、と彼女は言って、私と彼女は付き合っていた。電話もしたし、メールもした。休日には遊園地に行ったし、手も繋いだ。だいすき、と彼女は言い、ありがとう、と私は言った。おおよそ恋人同士がすることはなんでもしてきた。でも、先に耐えられなくなったのは彼女のほうだった。別れよう。うん。たったそれだけの会話で私と彼女は別れた。理由は分かりきっていた。私が彼女のことを好きではなくて、何度も彼女にそう言ったからだ。
それからしばらくして彼女は他の人間と付き合っている、という噂が私の耳に入ってきた。その時彼女とはいつのまにか疎遠になっていたから、真偽を確かめる術はなかったけれど、漠然と本当だと思った。私は彼女のことを好きではなかった、が、それからは意識的に彼女を避けた。疎遠だったのがさらに疎遠になった。
だからその時も故意的に突き放すようなことを言ったのだ。顔も見たくなかったし、話もしたくなかった。けれど、彼女がいなくなってしまったと知って私は狂ったように泣いた。彼女は彼女を好きな男に首を絞められたのだ。
嫉妬だと思われても良かった。噂を耳にした時、泣きついて別れてくれと言えば良かった。話しかけられたとき、親身になって話を聞けば良かった。だいすき、と言われたときに、私もだよ、と返せば良かった。つまらない意地を張らなければ良かった。私は何も与えなかったけれど、彼女のことが好きだったのだ。好かれている自分に甘んじていただけなのだ。でも、もう遅い。私が彼女にしてやれることは、一つしかない。そしてその一つは、もう済んでしまった。私は真っ赤に染まった手を合わせ、多摩川に架かる橋を軽やかに蹴った。
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