短編:すがる
執着する人たち。
やんでれは怖いですが、それほどまでに愛される人ってある意味幸せなのかもしれません。
「だからさあ、何かに執着し過ぎるのは、止めなって、言ったじゃない」
目の前でぐずぐず泣いている友人に、私はばしりと言ってやった。
パズル、切手、インコ、ぬいぐるみ、ボタン、コーヒー。この友人は色々なものに病的に執着してきた。
千ピースのパズルが壊れていたとき、貴重らしい切手が汚れていたとき、飼っていたインコが死んだとき、彼女は火が点いたように怒ったり、この世の終わりみたいにわんわん泣いたりした後、わたしのところにやってきて、「どうしよう」と言った。他の人間にとっては些細なことでも、彼女にとっては重大なことだった。何が重要かなんて、他人にはかれるものではない。そう思ったから、その度に私はパズルを直すのを手伝ったり、インコによく似たぬいぐるみを買い与えたりして、彼女を慰めてきたのだけれど。今回ばかりはどうしようもなかった。
相変わらずぐずぐず彼女は泣いている。じん、と心が傷んだが、私は彼女に何をしてやることも出来ない。
「それくらいで離れていく人間なんて、たかが知れている。良かったんだよそれで」。彼女を置いていった男が、人間的に出来ていないとも悪いとも思っていなかったが、私はそう言った。不幸にも、今回彼女が執着したのは人間だったのだ。しかも異性の。
人の気持ちは、口添えでなんとかなるほど簡単には出来ていない。だから、今回ばかりはどうしようもない、と言い訳がましく私は思う。紅茶はもう冷めていた。
「あんたさあ、次は何に執着するつもり?」
いつも彼女の執着の終わりに私はそう聞いた。それに対する答えは切手だったりぬいぐるみだったりボタンだったりした。だから今日もそう聞いて、同じような答えが提示されると信じていた。が。
「いいえ、もう、なにもすきにならないわ」
などと彼女は言うのだ。私はぎくりとして紅茶をかき混ぜていたスプーンを取り落としそうになった。
「どうして?」
「わたし、やっぱりこのままじゃだめだと思うの」
あなたみたいに強い人になるわ、と強い目をして彼女は力強く呟く。嗚呼、彼女が何処かへ行ってしまう――私は思う。私の手の届かない場所へ行ってしまう。待って。いやだ。行かないで。
千ピースのパズルをばらばらにしたときも、見返り美人図の切手を泥だらけの手で触ったときも、インコの首を絞めたときも、あの男にあることないこと吹聴したときも、君は私のところに戻って来たじゃないか。だから、これからもそうでなくちゃ駄目なんだ。行かないで。行かないで。君は、私の全てなんだから――!
私の思いを知ってか知らずか、彼女は、もう一度言った。「わたし、もう、なにもすきにならない!」。
するり、と、スプーンが床に落ちて、悲鳴のような音をあげた。