長編:ピンクの花にさようなら 1
一歩前に踏み出す人と昔にすがる人。
タイトルの語呂が好きです。
色々なミュージカルの要素を詰め込みました。
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シャンクスが死んだ。呆気のない死に方だった。
いつもは、サラダを盛った皿を持ってリビングへ移動しようとする私に、媚びたようにまとわりついてくるシャンクスが、今日は珍しく大人しい、などと思っていたら、シャンクスは私のベッドの端で、縮こまって冷たくなっていた。
当然だが、シャンクスは老いてもいなかったし、大病を患ってもいなかった。だからといって外傷が見当たるわけでもなく、ああ、これが突然死というやつか、などとぼんやり思った私は、ドレッサーの一番上の引き出しから、濃い紫の小さな箱を取り出し、遠慮がちに佇む小さな指輪を薬指に嵌め込んだ。その指でワイヤレスの子機のダイヤルを機械的に押す。「もしもし――ねえ、シャンクスが死んでしまったの」。
*
がたがたと車が揺れた。
「あのときはびっくりしたよ。二言目に『結婚しましょう』だもの」
いとおしむように薬指を盗見ながら、男は幸せそうに呟く。それに気付いた女は一瞬曇った表情を見せ、ええ、そうね、とだけ答えた。
車はのろのろと車道を走っている。休日の早朝は、人気がなくて、街は眠っているようだった。
「……ねえ、本当に私で良いの?」
唐突な女の言葉に男は目を丸くして、緩やかにブレーキを踏み、そっと手を取った。「当たり前だろう?」。
それから赤ん坊が寝返りをうつくらいの時間が流れて、女は静かに言った。
「はなしをきいてもらえる?」
エアコンの音が響く。
「はなしをきいて――それでも、私で良いと言ってくれる――?」
*
シャンクスは死んだ。そしてあの子も、どこかで死んだのだ。